自分の考え方を磨いていくことが大切だ。
例えば、家庭での家事。
自分は家庭の一員として、父親として、当然やるべきことをやっていくべきだ。
いつも料理してもらっているのだから、たまには自分でも料理をして当然だ。
自分はやらなくてよい、という考えではだめだ。
自分がやって当然。このように考えて、自ら率先して動く。家事をする。
そんな男になりたい。
学校での研究。
こんな研究は100年やっていても力はつかない。
的外れなコメントのオンパレード。
まずい模擬授業。
荒れた教室。
受けを狙って本質が大いに外れている授業者の力量。
しかし、それに文句を言っているだけでは良くはならない。
自分ができることは何か。それを考えて実践していくしかない。
まず第一に、課題の分離である。
人は人、自分は自分。
人を責めてもしかたがないので、課題を分離する。
自分は他人のまずさから学び取っていけばよい。
先日の学びは、授業のテンポのまずさ。
受けを狙って授業の本質をはずしているまずさ。
ここは大いに学びになった。
テンポよく進むと心地よい。
だらだら、うだうだした授業はイライラしてくる。
子どもの気持ちがよくわかった。
ウケ狙いの本質外しもだめだ。
授業の本質を学んでいない。つかんでいない。
原理原則を外している。
だから、変に受けをねらってすすめていてもしらじらしいだけだ。
自分は、原理原則をしっかりと学び、授業の本質をとらえた知的な授業がしたい。強くそう思った。これも大事な学びだ。
避けること、さぼることができない研修ならば、自分からしっかり学びにいったほうがよい。
参加しなくてもよいのなら、堂々とサボる。引き算戦略だ。
俺の人生は、こんなくだらない研修に参加しているだけの無駄な時間はない。
しかし、仕事ならば仕方がない。
少しでも自分の腕を磨いていけるように学んでいく。